NHK「ファミリーヒストリー」の三木谷さん(楽天)の回は名作だった。

三木谷さんの父方のお祖父さまのルーツは米問屋。しかし大正時代の「米騒動」で住民に店を破壊され、没落。お祖父様は高等教育を受けることができなかった。

一方でお祖母さまのルーツは、徳川家康の重臣だった本多忠勝。明治維新以降は廃藩置県を経て没落した家系だ。お祖母様のお父さんは「子爵」の称号を得ながら収入がなく、小学校の代用教員として生計を立て、お祖母様(昌子さん)を育てた。

互いに名家の出身であり、優秀な頭脳を持ちながら、苦しい生活を送っていたお祖父様と昌子さん。結婚して良一さん(三木谷さんのお父様)が生まれた。しかしお祖父さまは結核で若くして亡くなりった。当時18歳だった昌子さんは子供の良一さんを自力で育てることを決意し、再婚の話を全て断って、小商いを始めた。タバコ屋だった。

良一さんは神戸大学に進み、シングルマザーだった母親を助けるために銀行への就職を考えた。しかしその時に昌子さんが言った一言。「好きなことをやりなさい。私はあなたの世話になるつもりはない」良一さんは、学究の道に入り、経済学者としての道を歩み始めた。

良一さんが結婚する時に、お相手の実家は反対した。貧しいタバコ屋の家庭に嫁ぐのでは、娘が苦労すると。それを聞いて昌子さんは直ちにお相手の家庭を訪問した。毅然とした態度で深々と頭を下げて結婚の許可を求め、そして言った一言。

「自分は一人息子の教育と成長を見守ることができて幸せだった」

お相手の実家は深く感動し、結婚を許したという。

そしてその良一さんの息子として生まれたのが、楽天の三木谷浩史さんだ。神戸大学名誉教授だった良一さんは晩年、「息子は自分を超えた」と嬉しそうに語っていたという。

簡単につながった家系図ではなかった。苦しい中でも毅然と生き、息子の教育のために努力をしたシングルマザーである昌子さん。晩年はタバコ屋の店番を、孫である三木谷浩史さんに頼むこともあったという。その生きざま自体が、なによりの起業家教育だったのかもしれない。