昨晩は、普段物静かな彼からこんな激しい思いを聞くとは思わなかった。

彼はNTTdocomoで働きながら冬山に登る登山家でもあった。2014年、南米最高峰のアコンカグア(標高6900m)の単独登頂を目指した。

標高5800mまで到達した時に激しい吹雪に見舞われた。懸命にテントを張った。暴力的な風がテントを吹き飛ばす一歩手前だった。

死を覚悟した。

遺書を書こうと、ノートとペンを手に取った。

様々な悔恨が押し寄せてきた。自分はこれまで、地球を汚すだけで、何ひとつも人の役に立たずに死んでいく。何とばかげた人生だろうと思った。

もし生還できるとしたら自分は何をするだろう。もし一日だけ猶予を与えられるなら、自分は両親に感謝の気持ちを伝えて死にたいと思った。

もし、もし仮に一か月の命を与えられたら、自分は仕掛っていた高齢者向けのタブレット端末の開発をできるだけ進めて、後輩に引き継ごう。

もし生還することができたら、自分は必ず、必ず世の中の誰かの役に立つことをやろう。

気付くと彼は、ノートとペンを手に持ったまま眠っていた。4時間が経過していた。依然として吹雪。彼はテントが吹き飛ばされないように、懸命にテントを抑えた。

その二日後、彼は6900mの山頂に到達し、無事帰還した。
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日本に戻った。そこから第二の人生が始まった。

地方在住高齢者向けのタブレット端末の開発を進めた。「おらのタブレット」という商品名で結実した。

高齢者向けのコミュニケーション・ロボットを開発するチームにアサインされた。新商品を企画・開発し、リリースした。「ここくま」という名称で知られるロボットだ。

購入者の8割が毎日使用しているという。「認知症の母も使えて、症状が良くなった」「孫からのメッセージを母が楽しみにしている」感謝の手紙が連日届いている。

現在彼は…横澤尚一氏は、「ここくま」事業を立ち上げるプロジェクトのリーダーを務めている。痛切に親とのコミュニケーションを求めたあの時の感覚がまだ残っている。「誰かの役に立つことを」という思いが残っている。命を得て、仲間と一緒に挑戦できることの幸せを思う。