中学生の時に「やんちゃ」をしていた人と、ランチをご一緒させてもらった。彼はなんとか中学、高校を卒業し、とび職につき、その後一念発起して米国に留学、UCバークレーを卒業した。

「やんちゃ」とはすなわち、「不良」とか「ぐれる」とか「ヤンキー」と言われることもある。髪を染め、喧嘩、バイク暴走、タバコ、飲酒あたりがスタンダードなコースだ。

私は中学時代の「やんちゃ」に興味を持っている。なぜなら、私が尊敬する人たちは、かなり「やんちゃ」な中学時代を送った人が多いのだ。特に社会起業家はそうだ。

だからある意味、中学時代の「やんちゃ」は、健全だとすら感じる。親が敷いたレールや、社会の一般慣習を「逸脱」する。これは、子供が自分の意思で自分の人生をデザインし始める、その最初の一歩ではないかとすら、思う。

「ただし…」と彼は教えてくれた。

彼の身の回りで「やんちゃ」だった人は、一人残らず家庭に問題を抱えていた。そして家庭内に、自分の「居場所がない」と感じていたという。

また加えて言えば、「やんちゃ」の中でも、覚せい剤に手を出すか出さないかで、その後の人生展開は大きく変わると彼は教えてくれた。

彼の「やんちゃ」グループは、ヤクをやらないという明確な方針を持っていた。しかしヤクに手を出した中学生は、その後常習化し、ヤクを手に入れるために反社会的な行動を取り、そのことを自分の中で正当化し・・・泥沼のように坂道を転げ落ちていったという。

どうすれば、覚せい剤を「やんちゃな」青少年から遠ざけることができるだろう。そして坂道を転げ落ちてしまった青少年を、もう一度社会に包摂し、居場所を与えるためには、どうすれば良いのだろう。
答えのない問いが残った。