c709b56a.jpg10年に1人くらいしか東大合格者の出ない高校で、下から1/3くらいの成績だったある高校生(T氏)の話。

人生を変えるきっかけとなったのは、彼が入った「家庭クラブ」だった。家庭クラブとは、昭和20年代から脈々と続く高校生のマイナーな部活動で、様々な社会問題を研究し、高校生なりの答えを出そうとするもの。

T氏が入った家庭クラブでは、クラブ員を全員老人ホームにボランティアに行かせた。そして顧問の先生が出した課題は、「老人が寝たきりになる原因を見つけ、それを解決せよ」

T氏たちは、老人ホームの老人たちの生活に密着し、老人たちが寝たきりになるのは「出歩くのが億劫になるからである」という事実に着目した。では、なぜ、どんな瞬間に出歩くことが「億劫」になるのか。

T氏ほか高校生が見つけた答えは、「靴をはくのが困難になる瞬間」というものだった。いわゆる「リハビリシューズ」という、マジックテープで簡単に靴を脱着できる老人用のシューズがある。しかし、マジックテープが扱いにくく、また視認性が低いために、高齢者は「はがしたりくっつけたり」が難しいということを、高校生は突き止めた。

そこでT氏のチームは、地元の事業者に頼んで、リハビリシューズのマジックテープ部分に目立つ色をつけるなどの改良を加えて、それを地域の老人ホームに配布した。

それだけに留まらない。T氏たちは、車いすに乗っている老人が「立ち上がる」瞬間に手すりがないと、老人たちは立ち上がれないことに気付いた。そこで、折り畳み式の手すりを開発し、それを老人たちに配った。また、地域のスーパーに、老人が休めるようなベンチを作って配布した。

このような活動は、T氏にどのような影響を与えただろうか。

T氏は、介護の状況を変えるためには、究極的には官僚になって、政治を動かさなければならないと悟った。高校2年の夏である。その為には、東大に行こうと考えた。とはいえ、10年に1人しか東大に合格しない高校である。周囲の友人たちも、教師も、本気にしなかった。

しかしT氏は本気だった。

T氏は自学自習で勉強を始めた。毎日12時間超。全ての時間を受験勉強に注ぎ込んだ。成績は劇的に上がり、特に数学は県内共通テストで7位という成績に至った。

しかし、社会を2科目極めるには、時間が足りなかった。数学がめっぽう強く、かつ社会の一科目(世界史)が強いという事実を踏まえて、担任の教師は受験の直前に、T氏が(東大ではなく)一橋大学の商学部を受けることを勧めた。

そしてT氏は、一橋の商学部に合格した。大学時代には、アイセックに入り、WAAVという学生シンクタンクで活動し、そしてNHKに就職して記者になった。

NHKでの取材活動が、彼をいかに厳しく鍛え上げたか…その話は非常に興味深いのだが、さらにストーリーが長くなるので、いったん割愛する。

T氏はNHKを経て、PRコンサルティングの道に入った。

そして2011年、地震が起きた。彼の故郷を…南相馬市を、津波と放射能が襲った。

T氏--但野氏は今、南相馬市の議員として様々な課題の解決に取り組んでいる。政治だけでは町の衰退を止められないと、ITを活かした事業開発も積極的に行っている。政治的な野心は、驚くほど薄い。「自分は社会問題を解決したいだけだ」と言う。

「教育」とは、何だろう。但野氏は、小学校受験も、中学受験もしていないし、地元の高校にそのまま入っただけである。ただ、地元の自然の中で大いに遊んで育ち、郷土愛をはぐくみ、そして「家庭クラブ」の指導者に巡り合ったことが、彼の人生を変えた。

まだ30代前半だが、あまりに人として立派な但野氏の姿を見ると、子どもにどんな教育を受けさせるべきなのか考えてしまう。