小説家の北杜夫氏が亡くなった。いろいろな新聞が訃報を伝え、多くの方がTwitterで北杜夫氏を悼んでいる。しかし個人的には、その型にはまった文章を北杜夫氏が天国で喜んでいるとは到底思えない。

私は別に、北杜夫氏のファンではない。兄がファンだっただけである。特に私は、純文学系の本は好きになれず、茂木健一郎氏が好きだったという「幽霊」に至っては「つまらなかった」「暗かった」という二つしか記憶にない。

一方で、子供の頃に読んだ「船乗りクプクプの冒険」、そして北杜夫氏の作品だという事実自体が抹消されている感のある「父っちゃんは大変人」は好きだった。後者は、カップラーメンを心から愛する一人の小市民が、画期的なラーメンを発明し、大金持ちになり、野球の球団を買収して自ら監督となり、警察に捕まえられて精神鑑定を受けさせられ、最終的に日本国に対して宣戦布告するという、誇大妄想的なストーリーだった。

他にも、「怪盗ジバコ」「どくとるマンボウ航海記」なども好きだった。北杜夫氏の旧制高校時代のハチャメチャな青春を描いた「どくとるマンボウ青春期」は、爆笑なしでは読み進められず、涙なしでは読了できない作品だと思う。が、誰も「青春期」について言及していないし、そもそも私がこれまで会った友人達の中で、この作品が好きだという話題で盛り上がったのは史上1人しかいない。

北杜夫氏の最大の発明だと思うのは、その有名な年賀状である。
http://kuromame2.exblog.jp/16738419/

一枚のはがきで、年賀状、結婚祝い、暑中見舞い、寒中見舞い、逝去のお悔やみなどを兼ねられるようになっている。適切な箇所にマルをつけて投函するだけである。

このハガキや、ふざけた作品群を見ていると、北杜夫氏にとって人生とは壮大な「イタズラの実験場」だったのではないかという気がする。そしてその人生観に、自分も、自分の書く文章も、多少なりとも影響を受けた気がする。

最後に一つだけまじめな話をすると、ブラジルに移住した日本人達を取材し、その苦闘を描いた「輝ける碧き空の下で」は凄まじかった。一本の小説としては長すぎるし、尻切れトンボなエンディングも好きではないが、そこでノンフィクション的に描かれた日本人開拓者達の生き様は、凄まじかった。憶測でしかないが、小説的な構成が破綻してでもこの人々の人生を伝えたいと、北杜夫氏は思ったのではないだろうか。

そんな北杜夫氏が亡くなった。人間だからいつか死ぬのは必然である。北杜夫氏も自身がなかなか死なないことを嘆いていたほどだから、私もあえてその死を悲しむことはしない。ただ、上記の作品群を残してくれたことに対して、心から感謝したい。

それではさよなら。バイバイよ。