ラグビー日本代表監督として、W杯で初勝利を飾った宿澤広朗氏の評伝を読んだ。

宿澤氏がリーダーとして積み重ねてきた実績は、凄まじい。学生時代は、2年連続で日本一。ラグビー日本代表監督としてはスコットランドから大金星を挙げ、日本ラグビーフットボール協会ではトップリーグを設立した。その一方で、メガバンク屈指の辣腕バンカーとして、三井住友銀行で取締役専務執行役員として活躍した。さらには、多忙な中、息子の中学校のPTA会長まで務めたという。

本を通じて浮かび上がってくる、宿澤氏の勝負哲学がある。

「宿澤は、中学生時代から大正製薬の社是である『勝つことのみが善である』という言葉を座右の銘にしてきた。」

(大学時代の敗戦について)「競技スポーツは『勝つことのみが善である』とする宿澤に、この敗戦は厳しい教訓を与えた。『やれるだけのことはすべて、最後までやり尽くさなければ勝てない』という、さらに強い執着心を植え付けたのだ。それがあったからこそ、日本代表監督として実績をあげることができた。あるいは仕事の上でも、物事を徹底することで『攻めの宿澤広朗』という名を恣にすることができた。」

「『スコットランドに勝ちます』と宣言して、高い目標を掲げ、それに全力で挑戦するチャレンジ・スピリット。高い目標を達成することを前提に、そこから逆算して建設的な手段を具体的に考案し、次々に迷いなく実行する行動力。目の前にいる一人ひとりの個性を正確に見極める眼力。そして、可能な限り情報を収集して自分の進む道筋が間違っていないかどうかを確かめる用心深さと緻密さ―5月28日の大金星に至る過程で宿澤が次々と打った手段は、それまでの38年間の人生で蓄積した知識と能力の集大成であり、その後の人生における指針を定めた勝利の原型ともなった。」

「情報の重要性を宿澤は知り抜いていた―とよく言われる。ロンドンで国際金融シンジケートの仕事に携わり、1985年のプラザ合意以前から外為ディーラーとして活躍していた宿澤は、一つの情報が金融マーケットに及ぼす影響を誰よりも理解していた。」

「だが、一口に『情報』といっても、さまざまな種類がある。(中略)宿澤が、ラグビーでも銀行の仕事でも、もっとも高い価値を置いていた情報は、インターネットで得られるような二次情報ではなかった。自身がその目で確かめ、耳で聞いて感触を確かめた情報―諜報用語で言うところの『ヒューミント(HUMINT:Human intelligence=人間またはメディアを介した情報収集活動)』な情報を、宿澤は何よりも大切にした。」

「宿澤広朗 勝つことのみが善である 全戦全勝の哲学」永田洋光 文春文庫

この本を読むと、宿澤氏の勝利のスタイルが浮かび上がってきて、興味深い。高い目標を掲げ、それに向けて広い情報収集を行い、目標を具現化するための方針を明確に定め、その方針に沿った細かい施策を徹底的に打ち続ける。その積み重ねで、宿澤氏は成果を挙げてきたことが、よくわかる。

残念ながら、宿澤氏は2006年、登山中に急逝した。短くも太い、鮮やかな人生だと思う。